百済の面影・扶餘の旅

よぎちょぎ扶餘

麦飯もとめて道草を食う

たまたま知り合った地元の女性がぜったいに美味しいと絶賛する麦飯屋でお昼をとることにした。その店は市街の反対側にあるそうなで、 この暑さならタクシーでも使うべきとはわかっていながらも、つい歩きたくなってしまうのが「道草愛好家」のサガなんだろうなぁ。

で、歩き始めたわけなんだが、なぜか麦飯の店にはなかなか辿り着けない。 ま、それも当然で、反対方向にドンドコ歩いて来てしまったのだ。 (道草とかいうレベルじゃない)。方向オンチのくせに決断力だけはあるので事態をなおさら悪化させちゃうんだな。まぁそれもケンチャナ~~~。

ようやく市街に入り、店の場所も見当がついてきた頃、 花が咲き乱れるきれいな公園があり、そこに停められたトラックの荷台で「ポン菓子」を作っているのが目に入った。ビデオを回すとアジョシが「何見てんだよー」という感じで笑う。お、認知してもらったぜ。

トラックの脇にはご近所らしきオバサンや婆ちゃんが集まり、 世間話に花を咲かせているので一緒に座らせてもらった。「息子が日本に半年もペナンヨヘン(バックパック旅行)して、 少し日本語を覚えてきたよ。オハヨ…コンニチワ…イタダキマス…はっはっは。」ほほぉ。「私の御両親(韓国人はこういう言い方をする)も日本語がわかるのに、私だけ話せないのさ。」 いいじゃないですか。 今度は私が勉強して、もっと話しますから!そうこうしている間にトラックの上では熱せられた釜の気圧がめいっぱい高まり、笛を合図にアジョシが一気に蓋を解放した。

爆発音とともに出来上がったのは「黒豆ポン菓子」だった。 熱々がざるに移されて足元に置かれると、 その場にいた人たちが一斉に手を突っ込んで味見を始めたので私もポリポリ。 香ばしくてうまーい! これはちょいとオヤツに買っていかなくちゃ。「おいくら?」 すると、さっきまで一緒に話していたオバチャンが 「アンパラヨォ~!(売らないよ)」 そうか、つまりこれはオバチャンが職人さんにお金を払い、 持参した黒豆をハゼさせてもらっていたのだ、という状況が私にははじめて理解できた、というわけなんですね。ほかにも麦茶用のオオムギを持って来ている人もいて アジョシはなかなか繁盛しているようだ。

がっかりした私の顔を見て同情したのか おばちゃんが両手ですくった黒豆を私に分けてくれた。「え、いいんですか?」 「食べながら行きなさいよ」と笑ってさらにくれようとする。ここでも人情をたっぷりいただいてふたたび麦飯探しに立ち上がる気力を得た私であった。


「麦飯いずこ?(1)」

地元グルメに詳しいオンニに教えられた通り、 麦飯屋のあるべき場所にたどり着いた私は シーンと静まり返った住宅街の真ん中にいた。だがいくら探しまわってもそれらしき店は見当たらない。 というか、そもそも商店らしきものがない純粋に静かな住宅街なのだ。あきらめかけながら歩いていると、 一軒の住宅の脇に交通標識ほどの丸い小さな看板が立てられていて そっけなく「ポリパプ(麦飯)」と書いてあるのを発見。う~~ん、これはこの家が「麦飯屋」であることを示したものだろうか? それにしては客商売をしている気配はどこにも感じられない。考え込んでいると、隣の家から 自転車に乗った5歳ほどの女の子と母親らしき女性が現れ、 一眼カメラを手にしている私を見て何か言っている。「写真撮りにきたのかな?」

「ちがいます。ポリパプ食べに来ました!」 誤解されたくなくて焦りまくる私。 そうさ、こんな住宅街の真ん中でごっつい一眼持っていたらアヤシイもの。 (私の住む大久保だったら、とっくに通報されている) 女の子がさきほどの家を指さしながら 「ここがポリパプ屋だよぉ」と笑う。 そうか、やはりここだったのか。 意を決して玄関を入り「ヨボセヨォ!」と何度も声をかけたが 家の中は真っ暗なままで、誰も出てこない。

と、突然奥の暗がりから、真っ赤なタンクトップを来た小太りの女性が アルマイトの大きな丸盆のうえに小皿をいっぱいのせて現われた。そして私の目の前を横切り、小走りで近くの部屋の中に入って行くではないか。 そしてパタンとドアを閉じてしまった。 あのぉ…カンペキ無視、ですか?

私は唐突に『不思議の国のアリス』を思い出した。 チョッキを着た白うさぎが大きな懐中時計を持って 「遅刻しちゃう!!」と独り言を言いながら穴に飛び込んで行くのを見た時のアリスって、こんな気分じゃないかしら?ならば私も穴に飛び込んでみるっきゃない!道草食いながらとはいえ3時間以上もかけてやってきたのだ。 無視されたからといって諦めるわけにはいかない。(つづく)


「麦飯いずこ?(2)」

靴を脱ぐと、私は勝手に薄暗い家に上がり込んだ。先ほど赤タンクトップの女性(以下、赤タンク)が消えていった部屋のドアを おそるおそる開けて中を覗き込むと、 家族連れと思われる4人がテーブルを囲み、赤タンクが小皿を並べている。 「食事したいんですが…席はありますか?」 おそるおそる申し出た突然の闖入者に 振り返った赤タンクが鋭い視線をあびせた。 「ひとりっ?予約ないんでしょ?だめだめっ!」 そーですか、ダメですか。 まぁしょうがないよね、予約しなかったのはこっちのミスだし…。

玄関にもどって靴をはき、外にでると先程の親子がまだいて 母親がニヤニヤしながら聞いてきた。「ポリパプは食べたの?」 (こんな数分で食べられるわけないだでしょうがっ) 「予約がないからダメなんですって」 空腹のせいもあってかジワジワとむかっ腹が立つのを抑えながら答え、あきらめて歩き出したのだが…

「アジュンマァ~~!!」 大きな声がするので振り返ると、お盆を抱えた赤タンクが満面の笑顔で 「おいでおいで」をしているではないか。「旅行者だったんだね。気がつかなくて悪かったわ」

私をひっぱって家の中に入れ、さきほどとは別の部屋に案内してくれた。 そしてエアコンの送風を最大にすると、手際よく冷たい麦茶を注いでくれ「暑かったでしょう?まずはゆっくり休んでね」と言うとドアを閉めて出ていってしまった。 まさに「不思議の国」にいるような急展開である。

そしていよいよ念願のポリパプ定食登場。 「塩っぱくなるといけないからね、具は少しづつ! 仕上げに海苔をまぜるとすごく美味しいよ!」 「キムチもちょっといれるといいわ」 赤タンクの指南のままに三種類のナムルを混ぜて頬張る。 塩味が主体の上品な味付けだが、角切りにした干し椎茸の風味と歯ごたえがほど良いアクセントとなって飽きさせない。 テンジャンチゲの具は芋がらのようであった。

「これ何だかわかる?」 赤タンクが白っぽい羊羹のようなものを自慢げに持ってきた。自家製の「豆腐ムク(※)」だそうな。これは私も初めて見る一品で、ムクというよりもウイロウに近い食感。 大豆のやさしい甘さが印象的だ。 ※ムクは豆などの澱粉から作るゼリーのようなもの。

韓国料理というと辛さに勢いづけられながら食べてしまうことが多いが、ここの料理は必要最小限の味付けで口当たりがなんともやさしい。 テンジャンやコチュジャンは自家製、 ゴマ油もかなり上等なものを使っているのがわかった。ついつい麦飯をもう一杯お替り。

ちなみにこのお店、韓国では珍しいことに「食後の珈琲サービス」がない。 できるだけ価格を抑えるために了解してほしい、との張り紙があったが、 あのポリパプ定食がわずか5,000ウォン(340円ぐらい)では納得するしかないね。

パンパンになったお腹をさすっていると別の女性が話しかけてきた。 「ここをどうやって知ったの?」 そうだよなぁ、偶然じゃ絶対に発見はムリだものね。

外に出ると赤タンクがほかの女性たちと仕込みの真っ最中であった。 「美味しかったでしょ!」と声をかけてきた。 「はい、めちゃくちゃ美味しかったで~す!」

ありつくまでには本当にいろいろありました。 死ぬほど暑かったし心細かったし、諦めかけたりもしましたが、 心のこもった料理ともてなしに感動しました。ここに来れて本望です! …というようなことを言いたかったが実力的にムリなので心の中だけにしておく。赤タンクが力を込めて言う。 「また来るのよ!絶対に来るのよ、ねっ!?」 「はい、きっとまた来ます!」 隣家の親子もニコニコしながらこの様子を見ている。 皆に盛大に見送られながらその場を立ち去ったのだが、 映画みたいに感動的な別れのシーンであった。

さて、この麦飯屋さんの名前であるが、あえてクイズにしておこうと思う。
ヒントは以下。
(1)百済の都であった<扶余>の旧地名
(2)「都」の意である<ソウル>という言葉の語源
わかるかな?

(2011年10月1日掲載)

扶餘のイヤギ 目次へ